2011年5月アーカイブ

先日、珍しく南武線に乗った(実はここ最近複数回利用している)のだが、中原電車区の何某氏の運転が素晴らしかった。

車両は205系。

山手線からの転属組ではなく、生粋の南武線用。

とにかく制動がうまかった。

雨の中で加減が難しかろう中、基本的に込め直しはせずに、徐々にユルメ制動操作をしていく。

緩衝制動もばっちりで、しかも停止位置にピタリと停める。

運転曲線もぴったり頭に入っているようだった。

匠の業というのはああいうものをいうのだろう。

数駅の間の観察であったが、感嘆せずにはいられなかった。

生肉ユッケで事故を起こした社長の逆切れ会見もありえないと思うが、一方それに対して、ここぞとばかりに「人殺しメール」(あなたのやったことは人殺し、といった内容のメール)を送ってやる、と鼻息を荒くしているのもいかがなものか。

ありえない社長だが、これから社会的、経済的、道義的、あらゆる責任を負うことになるだろうから、社長叩きもほどほどにしておいて、他山の石以て玉を攻むべし、と自らを修養するくらいでありたい。

自分は飲食店経営なんてしないから関係ないといわずに。

それにつけてもあの社長、外食系の経営者としては有名で、メディアにもしばしば露出していたようだし、言っていることも的外れではなかったようだ。

しかし今回のような事件を起こし、しかもきわめて重大かつ深刻な結果をもたらしているにしては、謝罪会見(?)での態度は、いささか場違いで、奇異に思った。

おそらく社長は、本件について、どこかで「自分のせいではない」と思っているふしがあるように思う。

仮に直接的な原因が流通レベルにあったとしても、いまのところ「えびす」でだけ事故が発生し、他社他店では発生していない(少なくとも大きな問題として露呈していない)のだから、「えびす」の社長は、当事者として、相応の心積もりと姿勢であるべきだろう。

あるいは徹底した、限界に近い低価格営業のために、仕入れ元選定がうまくいってなかった(破綻していた)可能性もあるのだから。

しかしまあそんなことを偉そうに言っても、私も一消費者として、「安くておいしいお肉」があれば恩恵にあずかりたいわけだが、こういう事故があると、やっぱり安すぎるのもだめなのかな、とも思ってしまう。

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「自分のせいではない」と思っているふしのある社長といえば、東京電力の清水社長。

感情的に責められ、土下座をしても、涙ひとつ見せない。

もちろん、感情的なことであまり頻繁に一喜一憂しているようでは経営者として考えものかもしれない。

しかしそれでも、「とんでもないことになった」という気持ちがあれば、琴線に触れるものがあっていいと思う。

そんな中、福島県内の避難所を訪問した清水社長に、年配の男性が静かに、強く語った一節がとても印象的だった。

世の中に『地獄』ということが存在しているならば、まさにわれわれは、今、『地獄』のさなかにいるわけですよね。(フジニュースネットワーク, 2011/05/05 00:27配信, 「福島第1原発事故 東電・清水社長、福島県の避難所を訪問 住民からは怒りの声も」より引用)

ほんの一節だが、地獄という言葉にたいへんな重みがあり、印象に残っている。

今回の件は、未曽有の地震と津波が直接的な引き金になっただけに、東京電力も「予想だにしなかった」と言いたいところかもしれないが、事故直後からの対応などをめぐっては、付近住民や国民に相当の不信感を与えたことは間違いないだろう。

結局、安全でクリーンだって言ってたのに実はそうでもなかった、ということにみな気づいてしまったということか。

原発問題をめぐっては、交付金の問題とか、社会科学の観点からも、再考しなければならない問題が多々ありそうだ。

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