ドラゴンクエストはなぜおもしろいのか

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ドラクエ9の発売が、予定されていた3月から7月に延期になったことは以前にもお話ししたとおり。発売が待ちきれず、過去のシリーズをやってみようかなあとウズウズしつつも、締め切りがある書き物が残っているため、なんとか我慢している次第です!

ニコニコ動画では、アメリカ人のマイクさんによるドラクエ5実況プレイが継続中。5は名作ですね。

http://blog.livedoor.jp/zindryr/

↑マイクさんのブログ(マイクさんはやけに日本語がうまい)

さて、今日の表題のような議論はし尽くされて久しいのかもしれませんが、私見ながら、あらためて整理してみたいと思います。

1. モンスターがいい

モンスターのネーミングが素晴らしい。へたな横文字にこだわらず、動物名をもじったような名前のモンスターがたくさんいる。いわゆる「敵」なのに、どこかかわいげのあるモンスターたちが、ドラクエの世界を盛り上げてくれる。

たとえばドラクエ3でいうと、ドラクエのマスコットともいえる「スライム」を筆頭に、おおがらす、いっかくうさぎ、おおありくい、じんめんちょう、さそりばち、など。イメージしやすく、馴染みやすいネーミングだ。「ひとくいが」とか「キラービー」、「ばくだんいわ」は名前だけでも怖い。

町やダンジョンでは、たたかいを仕掛けてこないモンスターもいて、ときにはヒントをくれるモンスターもいる。

ドラクエ4ではホイミスライムのホイミンが仲間になるイベントがあり、次作ドラクエ5での「モンスターが仲間になる」という思想の源流をみることができる。

ドラクエのストーリーは、基本的にはわかりやすい勧善懲悪型(もちろん例外はあるが)であるが、ことモンスターとのやりとりについては、一概に「善と悪の対立」と片付けられてはいない。このようなことから、ドラクエのモンスターは、ただの「敵」というよりも、個々のキャラクターとしてしっかりとした個性を持っているように思う。

2. ストーリーがいい

ドラクエ2のエンディングから引用。

「こうして ふたたび へいわが おとずれたのでした!」(『ドラゴンクエスト2』エンディングより)

非常にわかりやすいハッピーエンドである。難易度が高いと言われる2だけに、クリアしたときの感動はひとしおだが、それだけにこのメッセージはシビれる。

最近の作品においては、ただ「悪者を退治するための冒険」という流れは、以前の作品よりも薄くなっている。最初はおつかいのようなことをしてみたり、謎解きをしてみたり。そのような中で、あるきっかけから、何かに巻き込まれていったり、何か大きなテーマを見つけたり、といった具合だ。

それにしても、ドラクエのストーリーは、どのシリーズも印象に残るものばかりで、一度プレイすると忘れることのできない感動がある。

特にメイン・ターゲットである若い世代の諸氏にとってはことさらであろう。何年経ったあとも、ドラクエの思い出話が酒の肴になることもある。どんなゲームでも音楽でもそういう側面を持っていようが、幅広く楽しまれているドラクエだからこそ、語り尽きることのない「話のタネ」になり得る。

ドラクエはある意味、「わかりやすいゲーム」だ。ゲームがシリーズ全体で評価されるとき、ひとつのものさしとして「難易度」がある。たとえば、「ドラクエは難易度が低い」といった具合に。

さて、そのものさしで考えると、ドラクエの難易度は低いのかもしれない。しかしドラクエが「簡単なゲーム」だとして、「簡単なのにこれほどまでに親しまれている」理由、それは、「簡単でつまらないゲーム」ではなく、「簡単なのにおもしろいから」に違いない。

その裏には、前項で述べたキャラクターの良さもに加え、「力強いストーリー性」がある。ストーリーの道筋がはっきりしていればいるほど、シナリオの分岐は限定的になってしまうかもしれない。しかしそれはまるで映画や小説を楽しんでいるときと似たていて、あまつさえそのストーリーの主人公を「ロールプレイする」ことは、どれほど楽しいことだろうか。

もちろん、難易度が高くてかつストーリー性も強い、というゲームもたくさんあるだろうが、ことドラクエについては、堀井先生のシナリオが、骨太の骨格にある作品だと思う。

3. 音楽がいい

いわずとしれた、すぎやまこういち先生作曲。オープニングの曲はもちろんのこと、すべての曲がいい。何度繰り返し聞いても飽きないように、という工夫もされているとのこと。それにしても素晴らしい曲ばかり。メインタイトル(1?8)のサウンドトラックはすべて買った。

私は、最近のポップスの多くかそうであるように、ダイアトニックに忠実な調子が好きなのですが、すぎやま先生の曲はちょっと違う。ダイアトニックというスタティックな概念ではなく、文字通りダイナミックな曲ばかり。当たり前ですが、ダイアトニックを無視しているとかそういうことではなく。すぎやま先生の音楽こそ、他のゲームにない楽しみのひとつだと思っている。

特に戦闘係は白眉。オーケストラ版はもとより、ファミコン時代の環境でこれだけの表現ができるのは本当にすごいことだと思う。

4. 想像力をかきたてること

特にファミコン時代にいえることだが、ドット絵で表現されるキャラクター、モンスター、マップ、町やダンジョン、そしてたくさんのアイテムなどの「絵としては作中登場しないもの」が、プレイヤーの想像力をこれほどかというまでにふくらませてくれる。

ファミコン時代においては、ROM容量などの環境的な問題から、ゲーム設計全体において、かなりの工夫が凝らされている。たとえば、カタカナの「リ」や「ヘ」を、同じ音のひらがな「り」や「へ」で代替表現することで、使用メモリー量を減らすといった、いまでは考えられないような節約術が施されている。

グラフィックについても、最近の3D技術とは雲泥の差。ドラクエ1では、キャラクターが横を向くこともできない。

しかしながら、与えられる情報が限定されているにもかかわらず、あるいはむしろ限定されていることが、プレイヤーの想像を大いにかきたてていた。ドラクエ世界はプレイヤーの数のぶんだけ、無限に存在する。

そして、初めて攻略本を手にしたとき、「ああこのキャラはこういう感じだったのか」、「この武器はこんな形してたんだな」と、そこでまたひとつ感動を覚えたものである。自分の想像とは大きくかけ離れているものもあり、それがまたおもしろいのだった。

最近のゲームは、ヴァーチャル・「リアリティ」が追求され、そのクオリティが高いものがたくさんある。私は「電車でGO!」系のゲームが大好きなので、「リアリティ」が追求されることは大いに歓迎している。しかしその一方で、述べたようなドラクエの「ファジイな感じ」は、まるで小説を読んでいるような、想像・創造自由度の高さも、ゲームの魅力の重要な要素だと思う。

5. 結論

9が楽しみで仕方ない。まさか6月になってから「年末になりましたが何か」という展開は・・・カンベンしてもらいたい。

あと、6のリメイクもすごい楽しみです。

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