2009年4月アーカイブ

ドラゴンクエスト1(正式には『ドラゴンクエスト』)のエンディング曲『Finale』は素晴らしい。

すぎやま先生の素晴らしさは以前から何度も言及していますが、Finaleは本当にハッピーエンドらしいいい曲。ファミコン音源でこれほど豊かな表現ができるということがまずすごいと思うし、オリジナル音源以外でも、どの楽器で演奏しても似合うという点は実に素晴らしい。

以下は参考までにご紹介します。

http://www.youtube.com/watch?v=tN2UzWqVung

(↑ファミコン版)

http://www.youtube.com/watch?v=8FrYzt4HKKQ

(↑ピアノ演奏)

ドラクエ9の発売が、予定されていた3月から7月に延期になったことは以前にもお話ししたとおり。発売が待ちきれず、過去のシリーズをやってみようかなあとウズウズしつつも、締め切りがある書き物が残っているため、なんとか我慢している次第です!

ニコニコ動画では、アメリカ人のマイクさんによるドラクエ5実況プレイが継続中。5は名作ですね。

http://blog.livedoor.jp/zindryr/

↑マイクさんのブログ(マイクさんはやけに日本語がうまい)

さて、今日の表題のような議論はし尽くされて久しいのかもしれませんが、私見ながら、あらためて整理してみたいと思います。

1. モンスターがいい

モンスターのネーミングが素晴らしい。へたな横文字にこだわらず、動物名をもじったような名前のモンスターがたくさんいる。いわゆる「敵」なのに、どこかかわいげのあるモンスターたちが、ドラクエの世界を盛り上げてくれる。

たとえばドラクエ3でいうと、ドラクエのマスコットともいえる「スライム」を筆頭に、おおがらす、いっかくうさぎ、おおありくい、じんめんちょう、さそりばち、など。イメージしやすく、馴染みやすいネーミングだ。「ひとくいが」とか「キラービー」、「ばくだんいわ」は名前だけでも怖い。

町やダンジョンでは、たたかいを仕掛けてこないモンスターもいて、ときにはヒントをくれるモンスターもいる。

ドラクエ4ではホイミスライムのホイミンが仲間になるイベントがあり、次作ドラクエ5での「モンスターが仲間になる」という思想の源流をみることができる。

ドラクエのストーリーは、基本的にはわかりやすい勧善懲悪型(もちろん例外はあるが)であるが、ことモンスターとのやりとりについては、一概に「善と悪の対立」と片付けられてはいない。このようなことから、ドラクエのモンスターは、ただの「敵」というよりも、個々のキャラクターとしてしっかりとした個性を持っているように思う。

2. ストーリーがいい

ドラクエ2のエンディングから引用。

「こうして ふたたび へいわが おとずれたのでした!」(『ドラゴンクエスト2』エンディングより)

非常にわかりやすいハッピーエンドである。難易度が高いと言われる2だけに、クリアしたときの感動はひとしおだが、それだけにこのメッセージはシビれる。

最近の作品においては、ただ「悪者を退治するための冒険」という流れは、以前の作品よりも薄くなっている。最初はおつかいのようなことをしてみたり、謎解きをしてみたり。そのような中で、あるきっかけから、何かに巻き込まれていったり、何か大きなテーマを見つけたり、といった具合だ。

それにしても、ドラクエのストーリーは、どのシリーズも印象に残るものばかりで、一度プレイすると忘れることのできない感動がある。

特にメイン・ターゲットである若い世代の諸氏にとってはことさらであろう。何年経ったあとも、ドラクエの思い出話が酒の肴になることもある。どんなゲームでも音楽でもそういう側面を持っていようが、幅広く楽しまれているドラクエだからこそ、語り尽きることのない「話のタネ」になり得る。

ドラクエはある意味、「わかりやすいゲーム」だ。ゲームがシリーズ全体で評価されるとき、ひとつのものさしとして「難易度」がある。たとえば、「ドラクエは難易度が低い」といった具合に。

さて、そのものさしで考えると、ドラクエの難易度は低いのかもしれない。しかしドラクエが「簡単なゲーム」だとして、「簡単なのにこれほどまでに親しまれている」理由、それは、「簡単でつまらないゲーム」ではなく、「簡単なのにおもしろいから」に違いない。

その裏には、前項で述べたキャラクターの良さもに加え、「力強いストーリー性」がある。ストーリーの道筋がはっきりしていればいるほど、シナリオの分岐は限定的になってしまうかもしれない。しかしそれはまるで映画や小説を楽しんでいるときと似たていて、あまつさえそのストーリーの主人公を「ロールプレイする」ことは、どれほど楽しいことだろうか。

もちろん、難易度が高くてかつストーリー性も強い、というゲームもたくさんあるだろうが、ことドラクエについては、堀井先生のシナリオが、骨太の骨格にある作品だと思う。

3. 音楽がいい

いわずとしれた、すぎやまこういち先生作曲。オープニングの曲はもちろんのこと、すべての曲がいい。何度繰り返し聞いても飽きないように、という工夫もされているとのこと。それにしても素晴らしい曲ばかり。メインタイトル(1?8)のサウンドトラックはすべて買った。

私は、最近のポップスの多くかそうであるように、ダイアトニックに忠実な調子が好きなのですが、すぎやま先生の曲はちょっと違う。ダイアトニックというスタティックな概念ではなく、文字通りダイナミックな曲ばかり。当たり前ですが、ダイアトニックを無視しているとかそういうことではなく。すぎやま先生の音楽こそ、他のゲームにない楽しみのひとつだと思っている。

特に戦闘係は白眉。オーケストラ版はもとより、ファミコン時代の環境でこれだけの表現ができるのは本当にすごいことだと思う。

4. 想像力をかきたてること

特にファミコン時代にいえることだが、ドット絵で表現されるキャラクター、モンスター、マップ、町やダンジョン、そしてたくさんのアイテムなどの「絵としては作中登場しないもの」が、プレイヤーの想像力をこれほどかというまでにふくらませてくれる。

ファミコン時代においては、ROM容量などの環境的な問題から、ゲーム設計全体において、かなりの工夫が凝らされている。たとえば、カタカナの「リ」や「ヘ」を、同じ音のひらがな「り」や「へ」で代替表現することで、使用メモリー量を減らすといった、いまでは考えられないような節約術が施されている。

グラフィックについても、最近の3D技術とは雲泥の差。ドラクエ1では、キャラクターが横を向くこともできない。

しかしながら、与えられる情報が限定されているにもかかわらず、あるいはむしろ限定されていることが、プレイヤーの想像を大いにかきたてていた。ドラクエ世界はプレイヤーの数のぶんだけ、無限に存在する。

そして、初めて攻略本を手にしたとき、「ああこのキャラはこういう感じだったのか」、「この武器はこんな形してたんだな」と、そこでまたひとつ感動を覚えたものである。自分の想像とは大きくかけ離れているものもあり、それがまたおもしろいのだった。

最近のゲームは、ヴァーチャル・「リアリティ」が追求され、そのクオリティが高いものがたくさんある。私は「電車でGO!」系のゲームが大好きなので、「リアリティ」が追求されることは大いに歓迎している。しかしその一方で、述べたようなドラクエの「ファジイな感じ」は、まるで小説を読んでいるような、想像・創造自由度の高さも、ゲームの魅力の重要な要素だと思う。

5. 結論

9が楽しみで仕方ない。まさか6月になってから「年末になりましたが何か」という展開は・・・カンベンしてもらいたい。

あと、6のリメイクもすごい楽しみです。

ドラゴンクエスト9の公式映像を見ると、オープニングの序曲のイントロが少し変わっていることがわかります。

さっそくピアノバージョンを弾いてくれました。

http://www.youtube.com/watch?v=eS_rFXw5ROA

うーん。やっぱりかっこいい。4?8のイントロも良かったけど、これはこれでいいなあ。

C、Cm、Csus4やEb、Ebm、Esus4の3連譜のあたりがアクセントですね。

イントロ最後のEb→Dm→Gも白眉。ちょっと練習してみようと思う。

定期試験前夜の高校生のように部屋の片付けをしていたら、松岡千恵(米本千珠)『Two Dreams』(NECG-15006)を発見。1997年12月10日発売。今からもう10年以上前のことなのか。ちょっと少し落ち込んだ。。。

NECインターチャネル(現在はNECグループを離れ「インターチャネル」)発売。税込みで1,529円ということで、当時トレンドだった(?)メディアミックス的にいい商売のように思える。そういえば、PC-FXのころはNECアベニューなんてのもいたね。

それはさておき、とにかく素晴らしい曲。中には「せっかくいい曲なのに声が細い」なんて評価もみられるが、私としてはちょうどよくてぴったりだと思う。これ以上張ってしまうと本当のロックになってしまいそう。作中の松岡千恵は、たしかロッカーを目指していたはずだけど、この曲には、声優・米本千珠のニュアンスも大いに入っていると思う。

年をとると何事も懐古的になってよくないが、それを抜きにしてもこのころのアニソン(広義)は非常にクオリティが高かったと思う。今のアニソンがぬるいとかそういうことを言っているのではなくて、絶対評価として素晴らしいものがたくさんあったということ。玉石混淆だったのかもしれないが、たかがアニソン、されどアニソン、どの作品にも気概と思い入れを強く感じることができる。

折しも当時は、マンガ、アニメ、ゲーム、ノベルズ、CD/DVD、そしてそれらを織り交ぜた「メディアミックス」の揺籃期にして最盛期であった。最盛期というと、あたかもその後衰勢したかのような印象を与えそうだが、そういうことではない。あくまで当時いかに盛り上がっていたかを叙述するにすぎない。それは当時の土曜日深夜のラジオプログラムの編成を思い返せば、火を見るよりも明らかというもの。

こうなるとここらでエヴァンゲリオンの話をしないといけないところなのだろうが、面倒なので別の機会に。すいません。

で、話題を「セングラ」に戻すけれども、私もはまったひとりである。実際ゲーム本編はほとんどやらなかったのだが、ノベルズやらCDやらに走っていて、何となくそれだけでもおもしろかった。この作品は、そこがすごいことだと思う。まさにメディアミックス戦略。だって、肝心のゲーム本編は、当時けっこう酷評されていたような。(禁句?)

同じ時期(だったと思う)に出ていた「サクラ大戦」とかも、ゲームはほとんどやってないのに、なぜか副産物に釣られるうちにはまっていった。ただ、こちらはゲーム内容も素晴らしかった。

セングラは、大倉らいた+甲斐智久(のちに『同窓会』でも知られる「水谷とおる」と同一人物であることが公表された)の組み合わせが最高だったんだろう。あ、あとNECインターチャネルもがんばった。

そして、満を持して登場した「2」。これがまずかった。初代は1998年1月に発売されたが、「2」はスクエニもびっくりの3度の延期を経て、2000年7月に発売。期待が高かったこともあってか、見事に大ハズレ。というか、主人公が死んで・・・って設定はさすがにいかがなものか。オーソドックスじゃないにもほどがあるし、奇をてらうにしては、別にそこまで特異な設定が必要なほどの中身でもなかった。

結果2では大倉らいたが外され(詳しいことはGoogle先生に聞いてみてください!)、発売も延び延びでgdgd状態。

結局センチメンタル・プレリュードで大倉らいたも戻って一件落着(?)としたところですでに時遅し、2004年10月の出来事。素材がよかっただけに、あっという間に墜ちていく様はある意味異様だった。

ただ、個人的には「セングラ」がだめになった時期というのは、何となくだけど、業界が全体的に落ちてきた時期のような気がする。この時期のこの業界を真剣に調べたらとてもおもしろいことがありそう。何かそういう書物を知っている方がいたら教えてください。

セングラのCD1枚みつけただけでこんなにいろんなことを思い出すとは思ってもみなかったよ!

あ、セングラ2の松岡千恵の曲『Eternal』はやっぱり素晴らしいですよ!

以前このブログで表題のようなことを書きましたが、『Start!』が「ときメモ2」の『Jewel of Hearts』にそっくりらしい。

ということで聴いてみたところ、たしかに激似だった!

作曲はどちらも酒井ミキオ氏なので納得。

それにしても本当に似てる。イントロもそっくりだし、サビも同じ。

それから、何度も同じこと言うようだけど、『Start!』は誰かカバーしてほしいなあ。

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